注文住宅の技術の身につけ方

Kさんが設計した家の写真を見ると、それぞれにKさんらしい特徴は随所に見られるものの、それ以上に住み手の個性のほうが前面に浮き出ている。施主側の「こんな生活をしたい」「こんな家に住みたい」というイメージをすくいとって具体的に実現していきたい、とKさんはいう。
「Yさんのご家族は住みたい家のしっかりとしたイメージがおありで、私も提案がしやすかった。何を選んで、何を捨てていくかという選択基準をお持ちでしたね。
あれもこれもと望まず、希望を一つ通したら、捨てなくてはならないものが出てくることをわかっていらっしゃる。通風個室をいっさい排除した間取りのいい家にしたいという希望を通せば、窓を多くとるためにメンテナンスはたいへんになります。
メリットやデメリットを踏まえたうえで、住みこなせる度量を持っている施主さんです。こういう施主がいてくださるなら、私も設計の仕事をやっていけると希望が持てました」。

施主と建築家として幸運な出会いをした両者は、土地探しの段階から一緒に動いた。土地だけの物件となると限られてくる中で、毎週末、杉並区内のあちこちを見てまわるうち、数ヵ月たったころ、杉並に三十坪ほどの土地だけが売りに出されているという耳寄りな情報が入った。
YさんはさっそくKさんと見にいき、ひと目で気に入った。何よりも周辺環境がいい。
南北にやや長い土地で、北側は道路に面している。道路をへだてたところには公園。
東側は駐車場。西側には住宅。
一番重視したい南側に、敷地との間隔を十分にとった低層マンションが建っていることが決め手となった。日照になんの問題もない。
マンション敷地内の樺の大木が美しく、借景が期待できる。風通しもよさそうだ。
Yさんは即決した。Kさんと設計作業を具体的に進めるにあたって、Yさんはいくつか要望を出した。

一階に両親の寝室を持ってきて、寝ていても庭が見えるようにしてもらいたい。気持ちよく入浴できるように、浴室は南側に広くとってほしい。
風通しと日当たりのいい家にしてほしい。個室はいらない。
この要望を取り入れて、延べ床面積九二平米の二階建てに、ご両親とYさん親子の四人がどう気持ちよく暮らせるか。Kさんは知恵をしぼった。
「寝室と浴室を南側にとおっしゃった時点で、プランはすぐにしぼり込まれました。ただこまかい点ではずいぶん話し合いを重ねましたね。
かぎられた資金と広さの中で、要望をどこまで実現できるか。布団を敷いて寝る、とおっしゃっていただいたので、ベッドを置く独立したスペースをとらなくてもよくなったのはずいぶん助かりました。
風通しをよくするためと、周囲の景観を家の中に取り込むために窓は多くしました。北の道路側に大きな窓をつけるのは、防犯やプライバシーの点からどうだろうと私は心配したのですが、障子やブラインドをうまく使えば問題ないとおっしゃった。
プライバシーよりも、光がいっぱいに取り入れられて風が気持ちよく抜けることのほうを重視なさったわけです」。できあがった家はYさんの要望を十分に生かした、開放感のある気持ちのよい空間である。
玄関からあがって引き戸を開けて入ると、南側の庭から二階の天井まで、家全体が見わたせる。体育館のような、というか、ニューヨークのロフトを改造したミュージアムに入ったような印象だ。

西側以外、すべての面に大きく窓をとっているので、とにかく明るい。一階には広々としたリビングと対面式のキッチン。
南側には庭に張り出すように浴室があり、脱衣所からウッドデッキに出られるようになっている。夜はリビングの一部が仕切られ、ご両親の寝室となる。
二階はYさん親子の部屋だ。クローゼットとトイレだけが仕切られているが、ほかは小さな机があるだけのがらんとしたスペース。
寝るときには、その日の気分で、一番寝心地がよさそうな場所を選んで布団を敷くのだそう。東南側の一隅にミニキッチンがあり、屋根のついた物干し台が張り出している。
また南側には腰から上の高さに一列に窓が並んでいて、武蔵野の樺の木立ちが遠くまで見わたせて気持ちがいい。「二階はパリのアパルトマンのような雰囲気で、とお願いしたの」とYさんは笑った。
それにしてももののない家である。本棚も食器棚もない。
作りつけの収納がところどころについているが、それも多くはない。体育館のような、という第一印象。
ものが見えないところに起因している。「両親も私も狭いマンション暮らしが長かったから、できるだけものを少なくして暮らす習慣が身についたのかもしれません。
食器や服もあまり持っていない。少しでもものがたまってくると、すぐに整理する」とYさんは笑った。

これぞ究極のシンプルライフ。ワンルーム仕様で二世帯が暮らすためには、家族全員がものへの執着を捨てるといういさぎよさがないと無理である。
ここに一人でも「ものを整理できない」なんていう人間が入り込もうものなら、この快適さは維持できない。全員に徹底していることが条件になるだろう。
娘さんは現在保育園に通っているが、大きくなったら自分の部屋で一人になりたいこともあるはずだ。そう考えて、二階にはロフトがついている。
いまは仕切られていないが「壁とドアをつけて一つの部屋として使うことも可能なようにつくってあります」とKさんはいう。「ロフトだけでなく、ほかの空間でも仕切りをつければ個室がつくれるようになっています。
将来、両親のどちらかが倒れるかもしれませんし、家族関係に変化があることも考えられるでしょう?そういう変化にも対応できる家なんです」とYさん。Yさんは子どもが小さいうちは個室を与える必要はない、という考え方だ。
子どもが個室にこもってしまうのは怖いとも思っている。家にいるときには、できるだけ目を配っていたい。

その思いから、いまはあえて個室をつくらない。娘の部屋も、自分の部屋もつくらず、一階の親世帯と二階の自分たちのスペースとの間に厳密な仕切りももうけていない。
考えようによっては、これはYさんが実の両親と同居しており、これまでも意思の疎通がよく、仲のよい親子関係だったからこそできる間取りではないか。また、Yさんと両親、Yさんと娘さんの両方の親子関係において、親子であってもお互いにある一定以上は踏み込まないという自制心がないと、なかなかできることではない。
見なくてもいいものには目をつぶる、知らん顔ができる、といういさぎよさも必要だ。精神的に大人の集団でなければ、この家は住みこなせない。
目に見えるものに執着しないが、見えない空気にはとことんこだわる、というYさんだからこそ、二世帯ワンルーム仕様が成功している。南側の大きな窓の正面には、形のよい樺の大木が枝を広げている。
新緑から落葉まで、季節の移り変わりを映す木だ。木にはいろいろな種類の小鳥がやってきて、ときには庭につくった餌場で遊んでいくこともあるそう。
そんな景色を一日中眺めていても飽きない、とお母さんは目を細める。家は娘さんが育っていく器であると同時に、ご両親が第二の人生を楽しむ場でもある。
N家の取材でも感じたが、二世帯住宅を成功させるためには、親世帯と子世帯が共通したこだわりを持つのと同時に、それぞれの世代が家の中での楽しみを見いだせる工夫のあることが必要である。

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